日常に転がる「なんとなく」の煩わしさを解消する
昨年末の大掃除を機に
工房や住まいの一部の、なんとなく不便に感じる箇所を
思いきって、改善する事にしました
工房のレイアウトを変えたり
使わないものを、思いきって処分したり
場所によっては、大工さんの力を借りたりして
ずっと気になっていた、不便に感じる箇所の テコ入れをしたんです
不便といっても、どれも些細な事ばかりで
例えば、手前にあるものを一旦よけて、奥のものを取り出す、とか
いちいち 席を立たないと取れない場所に収納がある、とか
ここに コンセントがあれば 便利なのにな、という
日頃、なんとなく 煩わしく感じてはいるんだけど
さりとて 致命的なレベルでもないので
その都度 ひと手間かけて、 用事をこなすような
そんな日常の「なんとなく」感じる不便を、 思いきって改善したんです
言い換えれば、それは
「 こうだったら良いのにな」
「 こうしたら便利なのにな」
「もう少し、こうなってくれたら 楽なんだけどな 」
という、日常に転がる、ささやかな願いを 叶えた
とも言えるでしょう
これって もしかしたら、器にも通じる事なのでは?
そう思ったんです
「もう少し、軽かったら」
「もう少し、洗いやすかったら」
「もう少し、深さがあれば」
「もう少し、重ねがきけば 」という
ほんのちょっとの、何かが足りない事で、 日々なんとなく不便に感じてはいても
致命的な程でもないので、そのまま 使っている
そんな器が、少なからず あるように思えるんです
部屋の配置替えなら、思いきって
自分達でも出来ますが
器を改造する事は 不可能なので
場合によっては、次の器を求めてしまう
その繰り返しが
タンスの肥やしならぬ
食器棚の肥やしとして
器で棚が いっぱいになってしまう原因の
ひとつ、なのかもしれませんね
じゃあ、作り手は 実用一辺倒のものを、作っていれば正解なのか?
といえば、それも違うとは思います
もし、そうだとしたら、日本の食卓は、随分と味気のないものに なりかねません
なので、使い勝手とトーレドオフをしても 魅力的な器 というもの
それはそれで、良い器だと思いますし
逆に、そんな器が作れる作り手さんを、羨ましいとすら、 思うのですが
他方、使う事のない器で、 食器棚がいっぱいの家庭が多い事も事実で
その原因を探っていくと
とても些細な不便が、そうさせているのではないかと 思うのです
作り手が、長年培った腕を振るうことで、或いは、 心から作りたいものを、センス良く作る事で
魅力的な器が生まれるというのも 、焼き物のもつ、懐の深さなのですが
「こんな器があったらいいな 」という
使い手さんの声に 耳を傾ける事で、生まれる器もある
それは、ただ 日々の 不便を解消する道具を提供するだけでなく
作り手として
使い手さんの、細やかな願いを叶えて差し上げる事ではないかと
思うのです
(つづく)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
動画は、絵付けの後に 釉薬をかけているところ
以前、ご紹介した化粧土(白い泥)をかけているのと、 動作は同じなのですが
釉薬で絵付けが消えてしまう事に、
驚かれる方も、いらっしゃるかも知れません
この後、窯の中で化学変化がおきて、
また絵が浮き上がってくるのですから
焼き物って不思議ですよね
準備中です